小判は、江戸時代に流通していた金貨の一種。…

古銭情報 小判の歴史と成り立ち

江戸のインフレのトリガーとなった小判鋳造



keityou (引用:Wikipedia 慶長小判)

江戸時代には、金、銀、そして銅からなるお金の制度があり、それを三貨制度と呼びます。
貨幣制度を全国で一律のものとするため、大判や小判、一分銀など様々な金貨や銀貨が製作されました。
はじめのうちは金貨と銀貨のみでしたが、のちの時代に銅貨の製造もスタートしています。

小判は、江戸時代に流通していた金貨の一種。
豊臣秀吉の後に天下を取った、徳川家康が1601年に発行をはじめました。
最初に製作された小判は、慶長小判。そして幕末までに10種類の小判がつくられました。
小判は発行年や時代、種類によりサイズや重量、そして品位も様々です。
しかし小判には骨董的な価値もありますので、品位や貴金属としての価値だけではなく希少性や相場も考慮して買取価格が算出される仕組みとなっています。
江戸時代に鋳造された金貨や銀貨はどれも品位や質が高かったのですが
幕府がどんどんと財政難に陥るにつれ、金貨・銀貨の質も下降を辿ってしまうこととなります。
そして慢性的なインフレが起こり、当時の人々の生活は苦しくなってしまいました。
特に江戸時代の最後に発行されている万延小判は、他の小判と比較してもサイズが極端に小さく金の含有率も低いものでした。


買取はレプリカ小判でもOK?


小判には模造品や贋作・レプリカ品なども存在しますが、品位により金製品・貴金属としてのジャンルで買取ってもらうことも可能です。
しかしその際は小判としての価値は買取価格に含めてもらうことが出来ないので、買取に出す際には念頭に置いておきましょう。



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